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2010年4月9日金曜日

滋賀県の自慢(身贔屓含)100個

いえるっかな~(できるかな~の口調で)という訳で『1個=一言』ルールで書いてみる。いや、10個ジャンル作ったら各10個でもう100でしょ?いけるいける。多分。…というわけで滋賀県の自慢(ほとんど身贔屓)をあげつらってみる。とはいったものの途中からジャンルごっちゃ混ぜ。ほとんど思いついた順。

琵琶湖関連(とりあえず滋賀県といえば)
 01)面積日本一だぜ!
 02)京都と大阪の飲料水の源だぜ!
 03)世界でも珍しい古代湖だぜ!
 04)↑だから固有種だっているんだぜ!
 05)内陸県なのに漁港があるぜ(しかも最多)
 06)余呉湖はもっとレア湖
 07)セタシジミや鮎は京都の高級料亭で京料理に化けてる
 08)琵琶湖ルール(洗剤編)
 09)滋賀県のシンク排水溝の網目はどこよりも細かい
 10)複合遺産で世界遺産登録目指してる(複合遺産は世界遺産の中でも一番少なくて日本にはまだない)

2010年1月30日土曜日

50回忌

 今日は父方の曾祖母の50回忌でした。正直、50回忌なんて故人が存命中に会ったことある人どんなけ少ないねん、って話ですよ。しかも父方の曾祖母は色々あって、祖父との間に下手したら1世代挟まるくらいの年齢差があるので…ますます遠い人。遠縁だけど血のつながりは直接はないしね。母方の曾祖母はまだ私が幼い頃には存命中だったから、50回忌まで…は多分私もまだ生きてるんじゃないかな、多分。そんなんだから100回忌もやれというお寺の方針は正直理解不能。え、お布施目当て? とか思ってしまう。何のための四十九日かと。四十九日済んだらみんな一緒に「ご先祖様」になるんじゃないの? なのに100年先まで個別に弔うの? なんか矛盾してるんじゃないのかなぁ…。とか。うん、不信心ですまんけど。

2010年1月17日日曜日

何で休日は化粧が濃いのか

 …というどうでもいいことをマジになって書いてみる。
平日:ベース+パウダーファンデ+アイブロウ(ここまで5分)+寝癖直し
休日:ベース+練りファンデ+パウダー+アイブロウ+マスカラ+アイライン+アイシャドウ+ルージュ+髪も巻く
 …とにかく各部分で手順が倍以上かわる訳ですが。

理由その1:仕事行かなくて良い
 いや、だから休日じゃんかよ、と言うなかれ。一応、フツーの…って言うと語弊があるけど、大多数の職場では網タイツにショートパンツで仕事はしない訳じゃないですか。でも自分の私服ってそういうのも沢山あって、仕事に着ていけない服を休日に着るんですよ。となると、派手目な服にファンデまでのナチュラルメイクはないだろう、って話。

2009年11月25日水曜日

古今東西ー

 突然ですがお題! 『たまごっち』

 …いや、こないだMMOしてる時だったかに友達とぽろっと『たまごっち』という単語が出て、その時に友人Kから「今のたまごっちは子供産まれるらしいよ」という話を聞き…たまごっちが遂に世代交代するのか(種という意味で)と思った次第。
 そもそも私らは第1次たまごっちブームの世代な訳ですよ。入荷するなり売り切れ続出、ぱちもん、まがいもんのオンパレードだったあの頃。ボタンは3つ、両側のボタンを同時押しで時計ストップで学校行ってる間は進行停止…というような世代です。もちろん画面はドット。同時に2ココ育ててる人もいましたねぇ…私はどこで買ったって…偶々旅行先の太宰府で見つけて買って手元に置いてました。とりあえず成功型? の長寿生物になり、2匹目は飽きて放置って短命生物に…うん、2回だけ(ちょw)
 そんな訳でWikiさん曰く、第1次(1997)世代の私らに対して第2次(2004~)世代というらしい。…既に2009なんだから第3次とかでも良いじゃないかとかそんな細かい事はちょっと置いといて。
 あ、いくら私でも携帯ゲーム機(GBとかGBAとか)にたまごっちがなってた事は知ってますよ! あれ多分第1次の後半とかだよ…ね…?
 で、今のたまごっちは通信機能を備えているらしい。それはDSとかに限らず、単体のボタン電池で動くアレでもなのかな。…というか今でもボタン電池なんだろうか。何か充電出来るようになってても驚かないぞ…!
 で、通信する事によって何かをゲットできるらしい。でもって交配して子孫が産まれる…のか…ん? ということはハード1個につき複数体の個体(個体言うな)が存在している状態ということ…? 2世代同居とか3世代同居とかそういう感覚なのかな…。
 というかですね。
 メンデルの法則(ぽいもの)が適用されている事にびっくりだよ!! ちょ、なんだその両親の属性と子の属性的なものは!!

 …とりあえず、たまごっちはこの10年で格段に進化を遂げ、自分たちで子孫を残せるようになったようです。

2009年11月3日火曜日

四季を楽しみすぎる

 某漫画のネタではないけれど、日本人はホントに365日イベント大好きだな! と思う。いや、楽しいんだけどさ。特に秋~冬にかけては楽しみすぎだろうと思う。
 夏休みが終わったと思ったら秋には『読書』『芸術』『スポーツ』『食欲』と色んな代名詞を詰め込んで、ハロウィンもいつの間にか定着の兆しを見せて…ハロウィンが終わったら今度はクリスマス、それが終わったら息つく間もなく大掃除して年賀状出してお正月、成人式、卒業新入学シーズンでGW、梅雨という中休みを挟んでもう夏休み…怒涛のイベント年間ですよ。つーか日本人ほど宗教に関しておおらかな人種もいないと思う…よ…。そもそも土着の信仰(宗教という哲学的なものではなく)に色々な物を次次に受け入れて成り立ってきた文化的土壌がそうさせるんだろうね。
 妹とちょっと喋っていたのだけれど、理系文化圏と文系文化圏があると思うんだ。インドとか、エジプトとかは歴史的に理系(数学系)文化圏だと思うのですよ。それに比べて、日本とか、中国の大河流域とかイタリアとかの地中海世界は文系文化圏というか。気候が温暖で、農耕主体でそんな必死になって食糧自給に力を入れなくてもある程度纏まった収穫が、毎年一定の時期に約束されてるような所では、精神的な充足を求めるから文系文化が発展しやすくて、逆に気候が厳しかったり、農耕には不向きな所だと、農耕主体生活に比べて計画性が大事になってくるからより実用的で合理的な理系文化が発展していくんじゃないかな…と。
 日本はそれにプラスして、島国で『言葉が通じない相手』というのが基本的に存在しない訳で、どんなときでも(わかり合えるかどうかは別として)言葉は通じる訳ですよ。話し合いという手段がいつでも簡単に、通訳が不要だから、間に介在する意図とかもなく、出来た訳で。だから「穏便」な手段ってのが比較的取りやすい土壌が育った結果がこの許容量の大きさというか、おおらかさなんじゃないかな…と。
 あと、言葉が通じない相手からいきなり何か差し出されたらそりゃ拒否するとは思うんだけども。日本の場合、とにかくクレクレで隣から色んな物を貰いまくっていたから、貰う事に慣れすぎてるとも言えるかもしれない…。色んな物を次次に貰って、どんどん飲み込んできたその柔軟性というか。
 で、結局日本人は四季を楽しみすぎで、多分もうロフトはクリスマスモードなんじゃないかなと思う訳ですよ。クリスマスケーキの注文も既に始まってるしね。
 今年は自分が食べたいからアイスクリームケーキを注文しようかと思っています。…意外と食べた事の無い友達がいたので過去に注文したアイスクリームケーキ。スポンジの部分が全部アイスクリームなのですよ。…私は結構好きなんだけどもね…。

2009年10月17日土曜日

道路沿いにある…

 店とかの看板で、『○○m先』とかああいうヤツ。前に何かで(とてもアテにならない記憶にありがちな)見たんだけども、「田舎で『後10km』とか書いてあってどんなけ先やねんと思った」とかいうそういう話。
 いや、滋賀県至る所で見るけどそういうの。
 なんせ琵琶湖大橋東詰に近江大橋東詰にあるイオンモールまであと20kmって書いてある位やしな。イオンモールは琵琶湖博物館の辺り(烏丸半島)でも『イオンモールくさつ9km』て書いてあるし…湖西の161沿いやと一番スゴいのはマキノプリンスホテルかな…確かまだ堅田か真野か和邇あたりで…『マキノプリンスホテル40km』とかそういう看板があった気がする。
 今日は関ヶ原まで行ってきた訳ですが、道中でもいっぱい見ましたよこういう表示。…滋賀県ってさ、真ん中に琵琶湖があるから結局全ての道路が環状するしかないのとかで一通というか、大きい道はあんまり交差したり、離合したりややこしい場所ないから遠くから看板建てるんだろうか…あるいは沢山あったら『○○m』前にしか立てられへん所、数がないから『○○m前』だけでなく『○○km前』にも立てられるとか…両方か。
 で。今日見かけたそれどやねん、な表示。運転しながらやから下1桁は間違ってるかも。もちろん写真も撮ってないし。
・『Vivacityひこね 20km』 米原市入ってすぐくらい。いや、確かに21号線はまっすぐ行けば8号線で南彦根まで一直線だけども。
・『ジャスコ長浜店 2つめの信号右折9km』 右折して更に9km直進せよ。
・『←(進行方向)米原IC』 この立て看板の問題点はそこが彦根城の南側だと言うことだ。進行方向の逆方向にまっすぐ行けば3kmくらいで彦根東ICだというのに敢えて、敢えて湖岸道路経由で米原ICへ誘導するのかこの立て看板…!

2009年8月28日金曜日

湖上から…

 白鬚神社。湖上からだと鳥居が重なった上に背後の山(と青空)までしっかり収められました。うん、ここらへん定期航路ないからチャーターした臨時の航路からでないと見られない景色。…もちろんここらへんにも水泳場あるからそこで泳ぐ…というかジェットスキーとかに乗れば見られるんだけど。
 …この白鬚神社、湖西でタダでさえ狭い陸地なのに山が琵琶湖に突きだしてる部分にあるがために(いや、そういう所だから神社が置かれたんだけど)、結構酷い扱いになってると思うのは私だけじゃないと思う…。鳥居と本殿との間には国道161号線が横切り横断も難しいような場所で、ご神体である背後の山には湖西線のトンネルが貫通…。そりゃ相当揉めたのも納得…でもそこを通すしか湖西の交通は繋がらない訳で。湖上交通全盛の時代には灯台的な役割だった神社も陸上交通がメインになると…狭い所に居座って、的な扱いになってしまうのだろうか…。
 で、この白鬚神社は6歳…だっけ? の時にお参りして『名前』を貰うという古来からお参りの仕方があるんだそうな。それはやっぱり6歳までは『かみのうち』、人間としてみなされないというか、そういう事と関係があるんだろうか。幼児死亡率が高かった時代だから6歳を過ぎると一安心=人間になる、逆にそれ以前は神のうち、いつ神様(当時は神仏の明確な区分はない)の元へ行ってしまう(死んでしまう)か解らない半人前扱いというか。それで6歳になるともうここからは人間です、という意味でお参りして『人間として』の名前を貰うみたいなニュアンスかな、と。乳幼児は連れて行かれるのを嫌がって態と縁起の悪い名前(捨とか)をつけたり、一旦床に置いてから抱き上げて「拾い子」にするとかいう風習もあるというし…。
 で、この神社の本殿は豊臣秀頼の寄進によって建てられたもの…らしいです。棟札とかも残ってるし。…ただ、こういう神社とか寺院というのは途中で改築とかされてても表向きには解らない…いや、本格的に掘ったりして調査したら解るんだけど、隠したりするから丸ごと全部が当時の、と真っ正面から信じるのは危険…。
 ついでに浮御堂。大津のシンボル的な存在(かもしれない)。あ、でも一応大津に入ると路肩にある『大津市』の看板にあるマークは浮御堂。
 このお堂の中には千体仏といって、千体の仏様が祀られている…のですが、過去の台風の時に何体か行方不明になって今は990数体しかない…というのを過去に聞いたことが。それから後に補充(というと聞こえは悪いけど)されたのかどうかは解りませんが。この中、というか回廊に入るにはお寺の拝観料が必要ですが下から見上げる分には敷地の外なので特に払わなくてよかったハズ…とはいえ、湖岸縁なので波打ち際(石畳)ですが。異常渇水の時には湖底まで見えて問題になった所です。
 後、遅ればせながら嵐のベスト盤買ってきました。…いや、ほんと今デビュー曲聞くと大野さんしかソロが無かったのがとてもよく解るというか。…そりゃ昔から大野さん上手かったもんね歌。…や、ダンスもあの中じゃ一番でしたよあんな顔して(ちょw)結構アクロバティックな動きしてたしね。…ええ、涼しい顔で前宙とかしてましたねそういえば。でも大野さんといえばマイク使って咳したあの場面がもの凄く…今でも忘れられません。

2009年8月27日木曜日

石段の先には…

 仕事で竹生島に行ってきました。…というか9:30~16:30まで途中1時間の下船を除いてずーっと船に乗っていたので…なんかずーっと揺れてる気がします。
 弁財天をお祭りしている神社ではしゃもじ(の形)をした絵馬というか、祈願文(起請文)を奉納する共通点でもあるんだろうかとふと疑問に思った今日。たとえば安芸宮島の厳島神社はしゃもじが有名だけど、今日行ってきた竹生島でもしゃもじに祈願文(起請文)書いたのが沢山奉納されてたから、ちょっと気になって。他の弁財天、特に五大弁天と言われる残りの金華山黄金山神社・江ノ島・天川神社の弁財天にもそんなしゃもじが奉納されてるのかどうか、ご存じの方ご一報を!(半ばマジ)
 ついでにしゃもじといえばバレーのJTの応援で使ってるのは知ってるけどサンフレッチェとカープの応援でもしゃもじというか、しゃもじを原型にしたようなグッズはあるのかな? 高校野球の応援では使ってるとかいう話を聞いたけれども。
 というかあれは一見しゃもじに見えるが弁財天(特に二臂の)が持つ琵琶であったり、ばちであったりが元々の形だったりするんだろうか…だったら弁財天にしゃもじ(っぽい形)でもスゴく納得がいくのだけれども。
 それはさておき、港から神社(と宝巌寺)までは写真のような急峻な石段が延々…そう、延々。それでも今は夏場だからまだマシというか、滋賀県の小学生は5年生の時に『うみのこ』に乗ってフローティングスクールという…船で一夜を過ごすのですが、そのルートに竹生島の入っていました。…が。生憎私の学校のフローティングスクールは2月実施で…雪で閉ざされた竹生島(しかも冬場だから土産物屋も閉まっててホントに無人島)を雪かきしてもらって無理矢理上陸という…無茶にも程が。雪深く寒かったことしか記憶に残ってませんよ…。
 で、竹生島の弁財天といえば、都からほど近いこともあって昔流行った七福神詣ででも他の6人は都なのに弁天だけ竹生という…そもそも弁財天を祀るには水が必要なんだとか。元々インドで川の神だったからそういう意味で水とは切り離せないのかな? 水(池)の中に島を作って、そこに祠を建てるというか。水とは切り離せないという意味では蛇を連れている(あるいは蛇の姿で描かれる)のも説明が簡単というか。特に竹生島の弁財天は頭の上に蛇を載せている六臂の姿が多い(あるいは天川神社の弁財天のように頭そのものも三頭の蛇)から、弁財天と水と蛇は切り離せない関係なのかな、と。実際に赤い蛇の事は『弁天』って呼ぶよね。…うちの地元だけだろうか。あと、白い蛇は弁天様のお使いとか言うよね。…一部だけだろうか。
 有名なかわらけ投げです。意外と力一杯投げてこの狭い所に落とすのは難しく、琵琶湖にぽちゃん、ってな事が多いです。このかわらけ投げ、何もここに限った事ではなく、あっちこっちの水場に臨んだ信仰地で見られる事です。実際にそういう島(琵琶湖だったら多景島)の近くを調査するとかわらけが沢山沈んでいるらしいです。…こうして今日投げ込まれたかわらけも1000年後には立派な考古遺物ということですね。
 で、旧びわ町な竹生島は当然湖北の歴史にも密接に関係してきます。有名所だと浅井家。神仏像の新調やら社殿の新改築にはとにかく金が掛かるのでそういう事を支援できるのは限られた人物のみ…というわけで浅井家やら、その後は羽柴秀吉が行った寄進やら何やら…ここの宝物殿、小さいのに中身スゴい豪華。
 あと、ど忘れついでに誰か知ってたら教えて欲しいのですが…。竹生島に詣でる船の中で出会った男女が結婚して…という話のタイトルを誰か知りませんか…時代小説というか…古典というか…ここ100年くらいに書かれた話ではなかったと思います。でも現代語訳されてたからそこまでマイナーではなく…。ハッピーエンドじゃなく…なんか不気味? というか不可思議? な話だったから…雨月物語かなぁ…なんかそのへんの系統だったよーな。…思い出せなくてもにゃもにゃする…。

2009年7月5日日曜日

エジプト特集

 やっぱ一番上手いのは4ch、毎日放送(TBS系列)。あの吉村先生がいるから、正統派で過度な演出の少ないまじめな内容で作ってくる。作り慣れてるというか、『世界ふしぎ発見』というご長寿番組で培ったノウハウとコネってのもものすごく大きいんじゃないかと思う。一方で(私的に)非難囂々なのは10ch、読売(日テレ系列)。バラエティ化しすぎて演出が過剰。スタジオでの芸能人のトークとかは正直いらないし、もっと言うなら現地に芸能人が行く必要もないと思うのですよ。エジプトってだけで、食いつく人はそらもーたくさんいる訳だから、映像と、ナレーションと、学者へのインタビューだけで十分というか、その方が手を抜けないからしっかりした物が出来るんじゃないかとも思う訳です。
 …ってのが全体的な話。内容にしても、過度にドラマチックにしようとしたり、超常現象的に仕立てようとするのには拒否反応さえ覚えてしまいます。
 エジプトの話じゃないけど、イタリアのポンペイの特集の時に(単独じゃなかったかもしれんけど)、逃げ遅れて亡くなった人の骨とかが出てくる訳ですよ。あそこ、火山灰というか、火砕流というか…あれ何て言うんだっけか…礫みたいなヤツ。あれに埋もれた人の形に空洞が残ってたりして、調査の時にそこに石灰とか流し込まれて型が取られたりしてるんですよ。それが展示されたりしてる訳ですが、芸能人がこれを見て、涙を流したりする訳ですよ、可哀想、とかそういう。…違和感。ここらへんが歴史として考えるか『人間』として考えるかの違いになってくるんじゃないかとも思うけど、正直、縄文人の骨を見ても何とも思わないのですよ、私は。ポンペイの人型を見て泣くような芸能人は、吉野ヶ里で骨に鏃が刺さった人骨を見ても泣くのか? とかね。まぁ学者はいちいち感傷に浸っていては研究出来ないのでちょっとおいとくとしても、何千年も前の人に感情移入するって…? 演出じゃないの? みたいなね。
 そんな目で見てるけどエジプト特集とかがあると結局見ている訳です。…そう、だから芸能人とかなくても見るんだって。エジプトってだけでさ。

2009年5月16日土曜日

前田慶次道中日記

 米沢市の図書館が刊行してるヤツをたまたま彦根で見せて貰いました。伏見から米沢に至るまでの道中記なのですが、滋賀県大津市堅田での滞在が実に20日以上…というのはさておき、その部分が具体的かと言えばそうでもないのですが。それでも行間を読む…ではないのですが、注目するポイントはある訳で、『堅田から竹生の横を通って薩摩経由で米原へ』という記述。
 つまり堅田から船で竹生島の近くを通って彦根市薩摩に寄港、そこから米原へ移動したということで、堅田は中世~近世に至るまで、漁村(御厨)から湖上交通の要衝を締めて『湖賊』として湖上交通の実験を握っていた場所です。実際、堅田から現在の米原市・彦根市などへの行き来があったことが堅田から出土した墨書土器に書かれた地名からも解っています。そこから船に乗るというのはとても理にかなっているのでそのルートを使ったのでしょうが、前田慶次みたいな言い方は悪いけれど『超有名人』もそのルートを通ったというのが…感慨というかなんというか。単独でも意味がある事(物)だけれど有名な仲間がいるとちょっと嬉しくなる心理というか。
 たとえば最近…でもないか…4月25日に新聞に載った守山市下之郷遺跡の人面ココヤシな。単独でも意味があるもの(少なくとも滋賀県は内陸なのでココヤシが勝手に漂着する訳がないから誰かが持って来た)だけども、正倉院にも同類の物があるってだけで何かスゴい物に思えてくるというか。このココヤシ、安土城考古博物館の今の特展で特別出品されてました。下之郷遺跡も取り上げてるからそのお仲間ということで呼んで貰えてる模様。思ったよりも小さかった…正倉院のはもっと大きかったから…新聞の写真とかで並べられてると縮尺解らんよな…と。

2009年5月14日木曜日

超ピンポイント

 過去に『歴女』って、とかいう記事も書きましたが、何とまぁ今年の大河(いつの間にか本能寺終わってた大河ですが)…何でもBLでアニメでしかも原作者だか脚本家だかのOK付きなんだとか? マジでソースを探す気にもなれなかったのであっちこっちで小耳に挟んだだけの情報ですが。いや、もう真偽の程はどうでもいいんだ。
 ばかにすんな。
 の一言なので。
 オタク⊆歴女でかつオタク⊆腐女子だけども歴女=腐女子では断じてないんだ。オタク⊆(歴女∪腐女子)…で書き方あってる? 歴女は広い意味でオタクに含まれ、腐女子も同じく。歴女かつ腐女子であることもあるけど(少なくとも私はそうだ)けど歴女は腐女子である、もしくは腐女子は歴女であるとは必ずしも言えないからこれらは別の集合体と見なせる。
 で、歴女∩腐女子であってもそれぞれの思考が混在してるかどうかでも大差ある訳ですよ。腐女子的な、言ってみればBLが好きであっても史実でBLを考えるのは嫌いだという人も沢山いるし(むしろこっちの方が多いんじゃないだろうか)。
 で、だ。今回のはごくごく少数の歴女∩腐女子、歴女かつ腐女子である、という部分のみをピンポイントで狙ってる上に、更に『史実妄想』という…更にピンポイントを付いてきてる訳ですよ。この時点で当初の『歴女』『腐女子』の集合体の中の何割まで減ったか。…間違いなく3割切ってると思うよ。私はこの歴女∩腐女子までなら入るけど歴女∩腐女子∩史実妄想まで絞り込まれると該当しなくなるので。…さらにコレを『史実BL妄想』にしたらもっと狭くなるよ。そういうピンポイント過ぎる所を突いてるんだよ。歴女はオタクだからこういうものを与えておけば喜ぶだろう、とか思って制作側が考えたのだとしたら、多くの『歴女』はそんな制作に対して失望してる。大体そんな余計な事に気を回す位ならもっとまともな大河を作って欲しい。なにあの描きバック。あんなのはNHK教育だけが許される事でしょうよ。
 …とはいえ、私は『歴女』の集合体の中でもものッスゴい辺鄙な部分にいるけれどもね…『歴女』は戦国(室町時代後期・元亀~慶長年間)と幕末(明治維新前後10~20年)に集中してる…ように思います。…で、私はハッキリ言って文字資料あるかないかくらいの時代~古墳・奈良時代がイチオシなので。…史実妄想たって教科書登場クラスの登場人物超少ないですよ! みたいなね。…や、どんなに少なくともやるひとはやるんでしょうが。

2009年1月28日水曜日

歴女

歴女(レキ-ジョ)一般名詞?
 歴史好きな女性の事を差す単語(らしい)
 類語に『歴ドル(レキ-ドル)』などもある(らしい)


 今、『歴女』でGoogleさんにお尋ねしてみた所、出てきた単語がどうにも…
・新撰組関係(土方歳三の生家に行ってみた…とか)
・戦国関係(城に行ったとか武将の家紋とか)
 に偏っている気がするのですが。…いや、多分気のせいじゃないんだろうけど。

 私自身、戦国時代は好きだし、城もそれなりに好きですが、この上2つを特に『レキジョ』のステレオタイプにしてしまわれると私はぽーんとはね飛ばされてしまいそうです。だって私の戦国時代の知識なんて、そこらへんの『歴女』の方々からすれば…吹けば飛ぶような程度ですから。
 そう、私は周りに「マイナーだね」と言われようとも天平時代とかの方が好きです。近江大津宮から飛鳥清御原宮・藤原宮から平城京、紫香楽宮くらいまでが特に! あ、平安京は対象外です。ここは考古学から見てもホントに面白い時代。副葬品とかもスゴい見事。あ、ギリギリ古墳時代と言える時代だから余計に楽しいとも言えます。ここ滋賀県の歴史でもあるからかも…。思えば私の歴史知識は『時代』とか『人物』というよりも『場所』で固定されている気がします。そう、『滋賀県』の歴史。むしろ『地誌』?
 果たしてそんな「専門は『滋賀県(旧近江)とその周辺の歴史』です☆」と言うしかない私でも『歴女』と言えるのだろうか。あと趣味が歴史なんではなくリアルに仕事が歴史に関する場合とかでも『歴女』って言うんだろうか…。