最後の目的地は三原。新幹線も停まるけれど、本数は少ないので基本的に鈍行。広島から結構頻繁に出てる山陽本線もしくは海沿いがいいなら呉線で。呉線と山陽本線は三原でまた合流するからどっち乗っても問題無し。
で、広島城からのタクシーの中で次にどこへ? と聞かれて『三原へ』と答えたら…絶句されました。なんもないで! 的な。…なんもなくないもん…石垣あるもん…。
山陽本線(当時国鉄)が何を思ったか城の本丸を突っ切るコースで作られたがために石垣とかも大半が破壊され…今は線路の下敷きに。…何でわざわざこのルートで直通させたんだろう旧国鉄。ちょっとずらすとか出来なかったんだろうか。いや、確かに堅牢広大な城域(かつ平城というか水城)で避けるのは無理にしてもさ…。
三原は小早川家を次いだ隆景(毛利元就三男)が新高山城の次に本拠とすべく築城を開始した城。秀吉政権下で五大老(本家筋の輝元と同列の扱い)に任じられ、筑前に加増されて博多へ移ってから(この筑前加増や五大老就任は秀吉が隆景を毛利本家から切り離して自分の身内に引き込もうとしたからとも)も、隠居先としてこの城は残し、実際隠居してからも改築に次ぐ改築で一大要塞になっていったらしい。…隠居先なのに。隆景は東からの脅威の防波堤になるべく堅固な城を造ったんだろうけど、結局関ヶ原で本家はもっと西へ追いやられてしまった訳で…折角の要塞も使われることなく。
もう一カ所残っている櫓の方へは東口(駅の表側)から出て左斜め前方へ。駅からもビルの間にちらっと見えるくらい。なんというか、観光地というよりも普通の駅に近いかな…ちょっと大きい普通の駅。
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