2009年8月27日木曜日

石段の先には…

 仕事で竹生島に行ってきました。…というか9:30~16:30まで途中1時間の下船を除いてずーっと船に乗っていたので…なんかずーっと揺れてる気がします。
 弁財天をお祭りしている神社ではしゃもじ(の形)をした絵馬というか、祈願文(起請文)を奉納する共通点でもあるんだろうかとふと疑問に思った今日。たとえば安芸宮島の厳島神社はしゃもじが有名だけど、今日行ってきた竹生島でもしゃもじに祈願文(起請文)書いたのが沢山奉納されてたから、ちょっと気になって。他の弁財天、特に五大弁天と言われる残りの金華山黄金山神社・江ノ島・天川神社の弁財天にもそんなしゃもじが奉納されてるのかどうか、ご存じの方ご一報を!(半ばマジ)
 ついでにしゃもじといえばバレーのJTの応援で使ってるのは知ってるけどサンフレッチェとカープの応援でもしゃもじというか、しゃもじを原型にしたようなグッズはあるのかな? 高校野球の応援では使ってるとかいう話を聞いたけれども。
 というかあれは一見しゃもじに見えるが弁財天(特に二臂の)が持つ琵琶であったり、ばちであったりが元々の形だったりするんだろうか…だったら弁財天にしゃもじ(っぽい形)でもスゴく納得がいくのだけれども。
 それはさておき、港から神社(と宝巌寺)までは写真のような急峻な石段が延々…そう、延々。それでも今は夏場だからまだマシというか、滋賀県の小学生は5年生の時に『うみのこ』に乗ってフローティングスクールという…船で一夜を過ごすのですが、そのルートに竹生島の入っていました。…が。生憎私の学校のフローティングスクールは2月実施で…雪で閉ざされた竹生島(しかも冬場だから土産物屋も閉まっててホントに無人島)を雪かきしてもらって無理矢理上陸という…無茶にも程が。雪深く寒かったことしか記憶に残ってませんよ…。
 で、竹生島の弁財天といえば、都からほど近いこともあって昔流行った七福神詣ででも他の6人は都なのに弁天だけ竹生という…そもそも弁財天を祀るには水が必要なんだとか。元々インドで川の神だったからそういう意味で水とは切り離せないのかな? 水(池)の中に島を作って、そこに祠を建てるというか。水とは切り離せないという意味では蛇を連れている(あるいは蛇の姿で描かれる)のも説明が簡単というか。特に竹生島の弁財天は頭の上に蛇を載せている六臂の姿が多い(あるいは天川神社の弁財天のように頭そのものも三頭の蛇)から、弁財天と水と蛇は切り離せない関係なのかな、と。実際に赤い蛇の事は『弁天』って呼ぶよね。…うちの地元だけだろうか。あと、白い蛇は弁天様のお使いとか言うよね。…一部だけだろうか。
 有名なかわらけ投げです。意外と力一杯投げてこの狭い所に落とすのは難しく、琵琶湖にぽちゃん、ってな事が多いです。このかわらけ投げ、何もここに限った事ではなく、あっちこっちの水場に臨んだ信仰地で見られる事です。実際にそういう島(琵琶湖だったら多景島)の近くを調査するとかわらけが沢山沈んでいるらしいです。…こうして今日投げ込まれたかわらけも1000年後には立派な考古遺物ということですね。
 で、旧びわ町な竹生島は当然湖北の歴史にも密接に関係してきます。有名所だと浅井家。神仏像の新調やら社殿の新改築にはとにかく金が掛かるのでそういう事を支援できるのは限られた人物のみ…というわけで浅井家やら、その後は羽柴秀吉が行った寄進やら何やら…ここの宝物殿、小さいのに中身スゴい豪華。
 あと、ど忘れついでに誰か知ってたら教えて欲しいのですが…。竹生島に詣でる船の中で出会った男女が結婚して…という話のタイトルを誰か知りませんか…時代小説というか…古典というか…ここ100年くらいに書かれた話ではなかったと思います。でも現代語訳されてたからそこまでマイナーではなく…。ハッピーエンドじゃなく…なんか不気味? というか不可思議? な話だったから…雨月物語かなぁ…なんかそのへんの系統だったよーな。…思い出せなくてもにゃもにゃする…。

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